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ゲーム音楽これを聴け!

わたしは いだいな ぶとうか。 うわさでは すでで くまを たおしたことになっておる。 しかし じつは てつのつめを つかって いたのだよ。 わっはっは。 ゲーム音楽とプログレ、ジャズロックが中心。ドールも始めました。うちのドールが勝手にツイッターで呟いたりしてますので、そちらもよろしく。

 

時には昔の話をしようか(ゲーム機とかアーケードとか色々雑記) 

昔話は、したくない。
振り返ればロクなことがないから。

なんかの歌の文句みたいになってしまいましたが、いや、本当なので昔話はしたくないんです。
まあでもたまにはいっか。
という軽いノリで書きます。

ゲームの思い出というと、まずアーケードのフォゾンが一番古い記憶にあります。確か。でも、フォゾンが発売された年にプレイしてたわけではないです。
あと、魔界村。それから、源平討魔伝。この三つは、イトーヨーカドーでやりましたね。
西友だったかな…?いや、確かイトーヨーカドーだったな…。
イトーヨーカドーの屋上にゲームコーナーがあって、そこでプレイしたのがフォゾンと魔界村だったかと。発表年が全然違いますが、新旧いくつか置いてあったということです。
源平もイトーヨーカドーでしたが、設置場所が変なところにあって、階段の踊り場でした。これって当時はどこでも普通だったんですかね?ゲームコーナーとか場所をとってあるわけじゃなくて、階段の踊り場、っていう。
で、その中でなんか特殊な筐体があって、お金を入れて(確か100円?50円だったか?)複数のタイトルからゲームを選んでプレイ出来る、という筐体がありましたね。確か。ただし、時間制限があって、何分かすると強制的にタイトルに戻される、という作りだったかと。
しかし、ググって検索しましたが、そんな筐体は見つかりませんでした。私の記憶違いだったらすいませんが…。
それとも、そういうゲームだったんでしょうか…。
でも、確か画面のどっかにタイマーが表示されて、時間が過ぎると強制終了(画面が一瞬真っ暗になったような…)してたと思うんですけど…。
う~ん、あまりに小さかった頃なので、詳しくは覚えてないです。
誰か、知ってる方いたら教えて下さい。コメント、ぜひともお待ちしております。

あと、源平に関して変な記憶があるんですけど。
恐らく見間違いか、完全に私の記憶錯誤だと思うのですが、源平討魔伝で「三角斬り」ってなかったでしょうか。
知らない兄ちゃんがプレイしているのを後ろから見ていたんですが、BIGモードでなんか前後にちょこまか動かして、変な動きしてるな~と思ったら、突然「シュピンっ!」というような聞きなれない音がして、三角形の形に太刀筋が残るという…。
で、横にいた兄貴だか誰だかが「三角斬りだ!すげ~!」とか言ってたような記憶があるんですよねえ……。
しかし、どこをどう探しても、そんな情報ありませんし、あとでナムコミュージアムの源平討魔伝をプレイして、当時のうろ覚えだった動きを真似て操作してみたものの、もちろんそんな技が出るはずもなく…。
これ、絶対私の記憶違いですよねえ……。
もしも、知っている方がいたら、ぜひともコメントをよろしくお願いします。
きっとそんな技は存在しなくて、幼少期の私が作り出した偽の記憶だと思いますけど…。

この辺の私の幼少時代のことは、さすがに色々と事細かくは覚えてません。3~5歳くらいで、幼稚園に通ってた頃ですからねえ。
それでも、その時好きだった子のこととか、嫌な目にあったこととかは結構よく覚えてますね。ホントに、嫌なことは自分でも嫌になるくらい覚えてます。トラウマとかじゃないんですけど、この頃の出来事のせいで、私は目薬を目にさすことが出来ません。
あと、ケム氏(漢字で書くのも気持ち悪いのでこう書きます)が大嫌いになったのも、この頃の出来事が原因です。

よく、大人になって「自分はどうしてこれが苦手なんだろう?」とか不思議に思うことがあると思いますが、そういうのは幼少期の事柄が大きく関わっていることがあります。
で、覚えていないので、原因がわからなくて不安になることがあったりすると思いますが、私の場合は全て覚えているので、不安要素が一つも無いです。例えば先ほどの「目薬がさせない」という理由や、ケム氏が大嫌いという理由(複数あります)も、細かく思い出して説明出来ます。
ただ、凄く嫌な気分になりますけど…。

これって自慢になりますかね…。私は凄く嫌なんですけど。だから昔話はしたくないんですよ。詳細に語れてしまうから。その頃の嫌な気持ちが、当時のままによみがえってきますんでね…。
だから、変な記憶力というか、負の記憶というか、そういうのは物凄くいつまでも残ってます。大事件じゃなくても、何気ない一言でも、ずっと覚えてます。ただ、普段は忘れてますけど、何かの拍子にふと思い出します。思い出そうとして思い出すんじゃなくて、あ、そう言えば…という感じで。そこからズルズルと出てきます。

そういう私なので、以前にいつか書きましたが、同級生の不思議霊感少女S子ちゃんに関する記憶が、ある時期からバッサリ抜け落ちている、というのがとても引っかかるんですよねえ…。

あれ、なんかゲームの話から外れちゃった(笑)

ま、いっか。
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ファミコンの 時だけ正座 する息子 

その昔、何で見たのか全く覚えていませんが、今回のブログタイトルのような川柳があったことを記憶しています。
覚えている方、もしいらっしゃいましたらコメントをお願いします。

さて、我々はなぜ、ファミコンの時だけ正座をしていたのか。
これが今回の記事の内容ですので、非常にどうでもいいことをづらづらと書きます。

といっても、正座する人としない人がいました。
あなたは正座派でしたか?それともあぐら?女の子なら女の子座り(ぺちゃんこ座り)?

普段は小憎らしいクソ生意気な友人の妹が、女の子座りをしてドラゴンバスターⅡをやっているのを見ていて
「難しいからやってみせて!」
と言われて、私がすいすい進めていくと
「わあ、すごい!そうやってやるんだー!」
とはしゃいで喜んでいたのも良い思い出です。

女の子座りでファミコン、いいですよね(こう書くと変態くさいな)。
最近のゲームでもそうなんでしょうか。

正座したりあぐらかいたり、椅子に座ったりソファーに座ったり(ちなみに椅子やソファーに座っているヤツは金持ち)と、色々なタイプの人がいましたが、私は正座派でした。

なぜ正座か?

それは、

あぐらをかいて座っていると、足が段々と疲れてきて、足を組みかえると思いますが、その時についうっかりファミコン本体に足をぶつけてしまうから

なのだと思います。

あるいは、コントローラーを持ったまま足を組みかえると、ついコントローラーを引っ張ってしまう体勢になってしまうと思うのですが、その時にファミコンが短いコントローラーのケーブルに引っ張られてパア!

そういう事態も、そういえばありましたね(経験済み)。
正座でしたら、静かに足を動かす程度なので、衝撃が少ないのです。足がしびれてきたら、あるいはちょっと足を崩したりとか、なんか色っぽい座り方になっちゃってたりしましたね。
芸者か。お前はファミコン芸者か。Ⅱコンマイクで歌うのか。
実際歌ってましたけどね。あめふるしんかいちとか。
なので、正座には結構慣れてしまってましたね。ファミコンやらない子は、正座が苦手ですぐに足がしびれて立てなくなってたりしてましたね、そういえば。
正座が得意だったのは、剣道やってた子か、ファミコンやってる子でしたね。なんか対極に位置するような感じですけど。
私はファミコンで六三四の剣をやってましたので、剣道とファミコンと同時プレイです。

さて、ファミコン本体に衝撃を与える、という行為の恐ろしさは、ファミコン世代でないとわからない、とてつもない恐怖でしょう。
バッテリーバックアップソフトだったら、下手するとその一撃でセーブデータが吹き飛びます。たかだか一瞬で、今までの数日間、下手すれば数ヶ月間がパア!!
この地獄の苦しみは、味わった人でないとわかりません。そして、そこから這い上がってきたファミコン戦士は、今もなお、折れない心とくじけない精神を持ち合わせ、現代をたくましく生き抜いています。
ってか、そう信じています。
それが、真のファミ根性ですね。
その時に心が折れて
「もうやだ!すげーむかつく!めんどくさいから、他のゲームやろっと」
などと放り出してきた人は、この不屈の精神を持ち合わせてはおりません。
今、人生の挫折を味わい、自暴自棄になり自分の境遇を嘆き悲しみ、全て周囲や環境や人のせいにして逃げ続けている人は、この地獄のファミコン苦行を乗り越えてこなかった人であると、私は思います。
そういやあ、ファミコンジョーっていうファミコン漫画がありましたっけね。その漫画の中にファミ根性っていう言葉が出てきてたかと。

しかしまあ、やっぱり一瞬で全てパアにはしたくないですよね。
なので、ファミコン様を大事に大事に扱うべく、正座でプレイしていたのです。

部屋を掃除しに来た母親の掃除機、というかなりの曲者もいて、うっかり掃除機をファミコンにぶつけようものなら、一発でパア!
「あ、ごめん、ぶつけちゃった?あはは」
と笑顔で軽く流されますが、やられたこっちは号泣です。
「ふっざけんな!!俺がどんだけ苦労して血のにじむような毎日を繰り返してあ~だこーだ」
「たかがファミコンじゃないの」
この言葉が出た瞬間に、血が逆流するという表現を多くの人が実感したことでしょう。
頭に血が上る、という激烈なる感情を抱いたのもこの時であったのでしょう。
殺意、という危険な感情を始めて抱いたのもこの時であったのでしょう。
「たかが」
私が「たかが」ファミコンにどれほどの情熱を注いだか、知るまい(ヨラン・ペールゼン風に)。

と、このように、ファミコンに衝撃を与えるという行為は、この世の終わりともいえる恐怖を誘発するとともに、大地を揺るがすような怒りの大激震と憤怒の形相が表出する行為でもあるのです。

でも、出来ればそういう状態になりたくないですよね?

だから、ファミコン様の前に正座をして、うやうやしくソフトの端子部に三回息を吹きかけて自らの魂を乗り移らせ、虚ろな目で無表情のまま淡々とゲームをプレイしていくのです。それは神に祈る巫女がトランス状態に入るのと同様の行為なのです。
その神聖な儀式を妨げるような
「ご飯よ~」
は、決して許されない言葉ではありますが、従わないとぶち殺されますので、RPGゲームだったら急いでセーブ出来る場所に戻り、泣く泣くリセットボタンを押しながら電源を切るのです。
しかし、下手に突っ走ってセーブ場所に戻ろうとすると、今絶対出会いたくないような敵がたくさん立ち塞がり、ボコボコにされますよね?
そして、苦労して倒して、あと少しでセーブ場所だからと、あせって回復も十分せずに敵が出ませんように!と祈りながら道を急いでいる時に限って、またもや今絶対会いたくないような敵がたくさん立ち塞がってゲームオーバーになりますよね?
そして、憂鬱な気持ちのまま、食卓につくのです。
女神転生Ⅱは、そういうゲームでした。
怒り狂う兄貴の姿を、私はほぼ毎日のように眺めては
「バカじゃね?」
と思ってくにおくんシリーズをプレイしていたりしました。
のちのち、自分で女神転生Ⅱをプレイして、兄の偉大さを知ったのは、言うまでもありません。
よくもまあこんなゲームを全て攻略したもんだ…と。
今でも、兄貴は女神転生Ⅱを裏ルートまで全てクリアしたことを、誇りに思っているそうです。
そして、いまだに「女神転生Ⅱは面白かったよな~」といったりしますが、じゃあ、もう一度女神転生Ⅱやりたい?と聞くと
無理。
という答えが当然のように返ってきます。
もう、あの地獄の日々は二度と味わいたくないようです。
つまり、女神転生Ⅱで最後に救われたのは人間達でも神様でも悪魔でもなく、プレイヤー自身だった、ということなのですね。

なんのこっちゃわからなくなってきましたが、つまり、我々がファミコンの時だけ正座していたのは

不慮の事故を防ぐため

ということなのだと思います。

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ゲエムの思ひ出ぽろぽろ その2 

え~、今日は俺のゲームの思い出を語りたいと思います。

あなたの思い出のゲーム機はなんですか?
そこにはどんな思い出がありますか?

今回は、ゲーム機にまつわる思い出のお話。
当時のあなたの状況を懐かしみながら、お読み下さい。

ウチの初めてのゲーム機はこれ!とか、色々とコメントお待ちしております。もちろん、長文大歓迎です。

さて、私が生まれて初めてゲームをプレイしたのは、なんと3歳の時!
スーパー英才教育の賜物なのか、今でもゲームプレイはトリセツ一切見ずにプレイが基本です。もちろん、チュートリアルなんて全てすっ飛ばします。ストーリーとかセリフも全部飛ばします。要は敵を殴れればそれでいいのです。
なんか違うと思いますが、それでいいのです。

で、まあ3歳でイトーヨーカドーの屋上にあった筐体でゲームをプレイします。この時のことは何となく覚えていて、フォゾンと魔界村をよくやっていました。
とはいえ3歳児ですから、椅子に座ってプレイしていたわけではなく、立って背伸びをしてやっていたらしいです。
当時の女子高生がそれを見て「うわ~!この子本当にやってる!」とキャアキャア騒いでいたそうです。
今の俺にはそんな状況ありませんけどね!

それから小学生に入学してまもなく、ファミコンが我が家にきます。買ってくれたのはおばあちゃん。
私のおばあちゃんは新しもの好きだったので、なんと自分がプレイしたいから買ったという(笑)
それにファミコンが孫の家にあれば、「ファミコンやりたいから!」というのを口実に孫に会いに行ける!という策略でもあったようです。なんともかわいらしいおばあちゃんですが、おじいちゃんにとっては恐怖の対象だったようです。まあどこのウチもそうでしょうかね。

初めてのソフトはスーパーマリオ。定番ですね。これとセットです。
で、まあ当然友達の家にもファミコンがあって、ソフトの貸し借りをするわけですが、これがまたみんな個性的。
『必殺道場破り』だの『ファイティングロード』だの『キャプテンシルバー』(キャプテン”セイバー”じゃないですよ)だの、今では大概の人は知らないようなゲームを持っているやつもいれば、『ロックマン』『スパルタンX』『グラディウス』『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』などの定番を持っているヤツもいましたね。
私が小学生の頃って、みんな直感でファミコンソフト買ってましたね。テレビCMとかゲーム雑誌で調べて買う、なんてことはやらなくて。
お誕生日やクリスマスの日にゲームソフトを売ってるお店に行って、これ面白そう!っていうようなヤツを買ってもらってました。いわゆるジャケ買いですね。しかし、それでとんでもない目に合うことが多かった。
代表的なのが『トランスフォーマーコンボイの謎』ですかね。『ロマンシア』を買って絶望した友人もいれば、友達が『スウィートホーム』を買って泣きながらプレイしてたとか。
でも当時はどのゲームもクソゲーだとは思わずに、みんな一生懸命にプレイしてました。だって年に何本も買えないんですから、そりゃあもうとりつかれたように遊び倒してました。だからいまだにゲームの音楽を覚えているんですよね。

ゲーム開始後、1秒で死ぬなんて別になんとも思いません。なので『カラテカ』だってクソゲーだなんて思ってませんでした。「ああ、こういうゲームなんだな」と思ってプレイしていただけです。
そんな中でも『たけしの挑戦状』だけは酷すぎましたけど。

まわりの誰もがファミコンをプレイしていた当時、一人だけファミコンを持っていなくて、なんとツインファミコンとPCエンジン所有という、結構ブルジョワなヤツがいました。
今回は、この彼のことを書こうと思います。もしあなたがあの時の彼だったら、コメント下さい。
って、絶対わからないよな~。まさか。
仮にAとしましょう。

Aの家は共働きなのか母子家庭だったのか、いつも両親がいませんでした。学童保育に行っていて、学校の友達と遊ぶ日も限られていました。
それでも私とは色々と趣味が合ったりして仲良くなり、Aの家に何度も遊びに行きました。
で、家に上がらせてもらったのですが、とにかく暗い!汚い!そして煙草臭い!という、結構酷い環境でした。
おまけにトイレは汲み取り式です。いわゆるボットン便所。怖かったですねえ。私の世代(1980年代生まれ)でこのトイレを経験してるって、結構珍しいですかね。
「何か飲む?」
と聞かれたので
「うん」
と答えると、出てきた飲み物はなんと。
ファイブミニ。
それって健康ドリンクじゃないの…?
子どもながらに「え…コレなの?」と思いました。
オロナミンCじゃなくて、ファイブミニです。普通のオレンジジュースとかカルピスとか、水出し麦茶じゃなくて「ファイブミニ」。
Aの生活環境が、なんとなくわかったような気がして、ちょっと切なかったです。
ちらっと冷蔵庫の中が見えたのですが、飲み物はそれ以外なかった様子でした。なので、彼が好んで飲んでいる、というわけじゃなくてそれしかないから飲んでいる、ということだったのだと思います。確か箱買いしてありましたね。
あと、ラップで包まれたおにぎりがあったような。
う~ん、切ないですねえ。

Aの部屋にはゲーム機とテレビ。そしてPCエンジンです。初めて見るPCエンジンに興奮を隠しきれない私でしたが、しかし気になってしまったのはその室内。
とにかく殺風景でした。記憶が確かなら、ゲーム機とテレビ以外、ほとんど何もなかったような。
で、ソフトが本体に既にささっていたのでプレイさせてもらったのですが、それが確か『ネクロスの要塞』でした。
当時、『ネクロスの要塞』の食玩があって、私も集めていました。温度で白く色が変わるという、よくわからない塩ビ人形です。
Aも好きだったようで、ダブっていたヤツを交換したりしてました。
ゲームの方は…確かいきなりバグって、ほとんどプレイ出来なかったような…。
他に何かゲームある?と言うと、彼はテレビの横にあるぬか漬けを作るポリバケツのような容器を開けました。
ゲームソフト、そこに入ってるんかい!と、これにも驚きました。
そこに、ゲームソフトとかネクロスの人形とか、色々ごちゃごちゃと入っていました。PCエンジンソフトもケース入りではなくて裸で入ってた気がします。
で、プレイしたのが『カトちゃんケンちゃん』。当時大人気でしたね。「カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ」。みんな大好きだったようですけど、私はあんまり好きじゃなかったです。かな~り下品でしたので。今じゃ放送できないでしょうね。
ゲームの方はとても面白くて、ファミコンの『高橋名人の冒険島』に何となく似てるゲームだな、と思いました。
その次にプレイさせてもらったのが『ジャッキーチェン』。これも当時、ズームイン朝か何かで本人が出て、宣伝してたと思います。私はファミコン版を持っていました。
他には何かプレイしたかな…。
確か『妖怪道中記』もあったかと。ファミコン版との音の違いに衝撃を受けましたねえ。これってゲーセンのあのまんまじゃん!ってびっくりしたのを覚えてます。

で、まあAの家にはちょくちょく遊びに行っていたのですが、たまに彼はNHKの幼児向けの人形劇を見たりしてたんですよ。それが小学生の自分には幼稚すぎて恥ずかしくて。彼は楽しく見ているんですけど…こんなの幼稚園児が見るものじゃん!って思って、何だか恥ずかしかった。
今にして思えば、そういう番組って本当は母親と一緒に見るもののはずだよな…と。きっと、もっと小さい時からAはずっと一人で過ごすことが多くて、そういう幼児向けの番組を誰かと一緒に見ることもなかったのでしょう。
ああ。切ないですねえ。
だからといってAは暗いガキだったわけでもなく、霊幻道士やデブゴンやジャッキーチェンが大好きで、私とよくマネをしてははしゃいでいました。深夜にやってたよくわからないカンフー映画の話で盛り上がったりして。
あ。
でも今思えば、みんなで一緒に遊ぶってことはあんまり無かったかな…。
私は大人数で外で野球やったりしてましたけど、イヤでしたね。群れるのが当時から嫌いで。だからといって、終始孤独だったわけでもなく、まあ無難にみんなと付き合ってましたね。
Aもそういう傾向だったのかな…。だから気が合って、「みんな」じゃなくて「私と」遊んでいたのかも。
で、たまにAの家の居間でテレビを見たりしてたのですが、その居間が凄い。
常にカーテン締め切りで暗くて、洗濯物がそこらじゅうに散らばってました。コタツも一年中出しっぱなし。電化製品にはほこりがたかっていて、明らかに不衛生です。
そんな中でファイブミニを飲みながら、テレビを見たりしてましたね。不健康な小学生時代ですね(笑)。

で、一年間仲良く過ごしていたのですが、あっという間にAは転校してしまいました。おそらく親の仕事の都合でしょう。そうして、学校を転々としていたのだと思います。
どんな風に過ごしてからAと別れたのか、今ではもう全然覚えていません。どこに行ったのかもわかりません。
ただ、私はPCエンジンを見ると、今もAのことを思い出します。

Aには私以外にも、もう一人友達がいました。仮にBとします。
ただ、Bはかなりの問題児で、性格も悪く乱暴で、クラスメートに大怪我を負わせたこともあるようでした。見るからに悪そうな顔をしたガキでした。仲の良い友達もいなかったようでした。
仕方なくAとBと三人で遊んだこともありましたが…Bは上級生に媚びるヤツという、最低のヤロウでした。強いヤツにはヘコヘコするやつですね。
ある時そいつは、私とある上級生とがケンカをするように仕向けました。まあつまり、あいつ生意気だからやっちゃって下さい、みたいなもんでしょう。
めんどくさくてバカらしいので、私は一発蹴りをくれて帰りました。相手も所詮小学生ですから、たいしたことないです。
で、その内、Bは学校に来なくなりました。不登校です。理由はわかりません。
Aにとっては、そんな最低なBであっても一応は友達です。心配になったのか、私を誘ってBの家の前まで何度か行ったことがあります。
が、門は締め切り。誰もいない様子です。インターフォンを鳴らしても誰もでません。
どこかに出かけてるのかも、と思って雨の中、二人で様子を見ていたこともありましたね。
でも結局、誰も見ませんでした。
Bだけがいないならともかく、家族の誰一人として見かけない、というのも何だか不気味でしたね。そう言えば、Bの家族って一度も見たことがありませんでした。

その後、小学校を卒業する時になって卒業アルバムの写真にはBは載っていました。
あいつ、いたんだ!と、驚いたのを覚えています。他にもそう思っていた人は何人かいましたね。
で、中学生になって、Bは何度か学校に来ていたようでしたけど…やっぱりほとんど見かけることはありませんでした。卒業アルバムにいたかな…。それすら覚えていません。

PCエンジンを見ると、こういう思い出がぶわ~っと出てきます。
ゲームそのものだけじゃなくて、その周辺の思い出がよみがってきて、物凄くイヤな気分です。子どもの時代って、私にとっては思い出したくないことが山ほどある、暗黒の時代だったので。
それでも、こうやって記事に書こうと思ったのは…。
それだけ、時間が過ぎた、ということですかね。

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ゲエムのおもひでぽろぽろ-『必殺道場破り』 

どうでもいいこと、書きます。


小学校時代、一番熱中したものはなんですか?

ファミコンです。

ファミコン持って無いやつは友達じゃありません。ファミコンソフト貸してくれないやつも友達じゃありません。自分の興味は常にファミコン。ファミコンが全てでした。夏休みはファミコン漬け。海にも山にも興味無く、ひたすらファミコン。だって海とか山って虫がいるから嫌いなんですよ。自然なんて焼き払ってしまえと思います。ははははは。コンクリート最高。

スーパーマリオもまあまあやりましたが、全てBダッシュでクリアしてたのですぐにクリヤーしてしまって飽き飽きしていました。
ところでクリヤーすることをウチの地元では「面クリ」とか言ってました。「越した」っていってたヤツは田舎者あつかいされてましたね、なぜか。ほとんどが「クリア」とか言ってて「越した」っていうのは本当にごく少数で、その内「クリア」に自然淘汰されていきました。確か「越した」って言ってたのは地方から転校してきたヤツだったと思います。そんな私は千葉県出身。
ステージとかエリアとか言うヤツはまずいませんでした。すべて1面2面という数え方でした。だから全てクリアーしたら「全面クリア」と言ってました。「全ステージ終わった」とかいうヤツはいませんでしたね。
あと、ゲームをプレイすることは「やった」と言ってました。「あのゲームやった?」「やったやった」って感じ。「プレイした?」と言うヤツはいません。また「した」というヤツはほぼいなかったと思います。「あのゲームした?」「したした」っていうのはウチの方では全然聞きませんでした。
現在、職場でゲームの話をするとこの辺の言い回しがみんな微妙に違っていて、結構面白いです。

さて。
ファミコンといったらスーパーマリオですが、前述のように飽きてしまったのでなんかないかなと友達の家に行ってファミコンソフトを漁るのが日課になっていました。逆に、私の持っているゲームソフトは結構珍しいのとか新作がちらほらあったので、結構貸し借りしてました。
そんなある日、超ド級の熱量で持って私のハートを焼き焦がしたソフトがありました。
『必殺道場破り』
これだ!と思いました。まずジャケが素晴らしい。殺伐とした目つきのキャラクターたちがたまりません。当時ラーメンマンや香港映画が大好きだった私は、この手の題材にたまらない魅力を感じたのです。
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いそいそとウチに帰ってファミコンの端子部をフーフーして差します(特に接触が悪くなくても私はファミコンを始める前に必ずやってました)。

でた~~~~!!!!
カボ~~~ン!!!という衝撃的な音とともに、水色の画面いっぱいに

必殺道場破り

の文字が!!

こりゃあ面白い!私はきゃっきゃきゃっきゃと猿化した女子高生みたいにはしゃいでいました。
流れる音楽もまた良いじゃないですか。ちょっと中国ちっくでのんきなベース音が小学生の私のハートをわしづかみしました。こうなるともう「ご飯よ~」と声がかかるまで画面から一歩も離れられなくなります。
当時、この「ご飯よ~」は結構恐ろしい言葉で、どんなにゲームが上手く進んでいようが何しようが、涙をのんで電源を切らなければいけませんでした。RPGをやっていようものなら「ご飯よ~」がこの世の終わりの言葉に聞こえてきます。だもんで、ウチではRPGはあんまりやらなかったんですね。
もし「ご飯よ~」を無視してゲームしようものなら、すげえ怒られるのは必至だったので、これは我が家なりのルールだったんでしょうね。

さて、必殺道場破りです。取りあえず説明書なんて借りませんので、手当たり次第にうろうろします。ファミコンですから、操作方法なんてAボタンとBボタンで何とかなります。
道場から出てうろうろすると、ちょっとかっこいいBGMに変わって「ならずもの」があらわれました。ならずもの、っていう言葉の意味はわかりませんが、イヤな顔してるので直感で敵と判断します。っていうか目の前にくるヤツは全て敵です。これは今でもそうですが、私は取りあえず目の前にいるキャラを殴ります。殴れたら敵、殴れなかったら味方、と超単純に判断しています。しかし最近の洋ゲーなんかは自由度が高く、誰でも殴れてしまうので困ったものです。まあそれはともかく。
デデデデンデンデン!というものものしい効果音とともに戦いが始まりました。どうやら上ボタンがジャンプのようで、とんでもない高さを軽々とジャンプします。
なんかちょっと操作しづらいです。普通に地上でテコテコ歩いて殴ったり蹴ったりすると、非常にやりづらいので私は空中殺法を確立させることにしました。つまり、ジャンプで相手を飛び越し、相手の後頭部に蹴りをくれるのです。ぶっちゃけこれだけでほぼ全ての敵を蹴散らせます。
ということで早々に攻略法を確立し、次々に敵を倒していきます。最初の道場は「棒術道場」。難なく道場を破り、棒術を会得しました。
調子にのった私はちょっと遠出しようと思い、くさりがま道場へと向かいました。道中のならずもの達はなんともなかったのですが、道場に近づくと付近ではくさりがま道場の門下生がうろうろしています。
後頭部蹴りの攻略方でなんとかなるべ、といざ対戦!ところが…。
全然体力減らねえ。
そうなんです。このゲーム、自分の道場に帰って修行しないと強くならないのです。どれだけ道中で敵を倒してもレベルアップしません。
こりゃまずい、と退散しようとしましたが、逃げ方がわからない。RPGみたいに「逃げる」というコマンドがあるわけじゃなし、おろおろしてるうちにドドォーンという音がして私はくさりがまでぶち殺されました。このゲーム、キャラクターが倒れた時の音が妙にデカくて迫力があるのでびっくりしてしまいます。喪黒ばりの「ド~ン!!」です。
気を取り直してもう一度プレイ。
今度は自分の道場に何度も通って、修行に明け暮れることにしました。
敵を倒すと修行するためのポイントがもらえるので、一人倒しては自分の道場に戻って、地道に修行していきます。
だいぶ強くなったので今度はあっさりと棒術道場を制覇。勢いにのってまたもや遠出し、今度は剣道道場へ。実は剣道は棒術に滅茶苦茶弱く、なんと棒術を装備して攻撃ボタンを押すことなく突進するだけで勝ててしまうことが判明しました。そんなわけでまたもやあっさり制覇。もう気分は道場破りの達人です。ぶらり新兵衛な感じです。
で、また何人かならずものを倒して戻って修行しまくろうと思い帰ろうとすると「ピロピロ~ン」というインターホンのような音がして、画面外から私の弟子が走ってきました。ふかわりょう?音楽もなんかやる気ない音楽というか、妙に気だるい音楽に変わります。どうしてこんな音楽になったのか理由は不明です。
弟子によると、なんと私の道場が攻撃を受けているとのこと。すぐに助けにいかねば!
行ってみると、なんと二刀流道場の道場主が!!見た感じチビだし、弱そうです。
しかし、こいつが強かった!はっきりいって即死です。なんたって動きが尋常じゃないくらい速いです。なんかピューピュー音をたてて高速で空中を飛び回り、バカスカ攻撃を加えてくるのですから、そりゃあ即死するのも当然です。
そして、私の暗い闘志に火が点いたのは言うまでもありません。

2時間後、このゲームはすでに私の支配下にありました。なんと借りてきたその日にクリアです。「ご飯よ~」の前に終わってしまったのです。わかってしまえば結構簡単なゲームでした。
つまり、シュリケンなのです。とにかくシュリケン道場を制覇し、シュリケン術を修行しまくればあらゆる流派はゴミクズ以下に成り下がります。結局飛び道具かよ!!

それと、当時の私のファミコン戦士としての能力が結構高かったというのもあると思います。なんたって『ロックマン1』と『ロックマン2』をロックバスターのみでノーミスクリアしてたぐらいですから。今じゃ考えられません。『ロックマン3』以降は全て簡単すぎて借りてきたその日にすぐにクリアーしていたぐらいのレベルでした。

そんなあっさりと終わってしまった『必殺道場破り』ですが、この世界観とBGMがとてもよくて、何度も友達から借りてはクリアーしていました。当の友達はクソゲーって言ってましたけど、私は今でも大好きなゲームです。

参考動画↓手裏剣最強。


参考動画↓ぶっちゃけ飛び蹴り最強。


参考動画↓続き。飛び蹴り以外何もいらないですね。私の確立した空中殺法(飛び越し後頭部蹴り)は安全な戦い方ですが、素早い相手には時間がかかることもあるので、この動画のように正面から飛び蹴りした方が早く片付きます。


参考動画↓オープニングとエンディング。むち道場のべにさそりが男にしか見えないんですが。

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