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ゲーム音楽これを聴け!

わたしは いだいな ぶとうか。 うわさでは すでで くまを たおしたことになっておる。 しかし じつは てつのつめを つかって いたのだよ。 わっはっは。 ゲーム音楽とプログレ、ジャズロックが中心。ドールも始めました。うちのドールが勝手にツイッターで呟いたりしてますので、そちらもよろしく。

 

NHKスペシャル「臨死体験 立花隆 思索ドキュメント」視聴 

高校時代に立花隆氏の『臨死体験』を読んだことがある。一度きりしか読んでいないので、内容はほとんど忘れてしまったのだが、臨死体験と死後の世界について科学的な考察と綿密な取材がなされており、非常に興味深い内容であったことは覚えている。
ただのオカルト趣味の書物だと思って読み始めたので、その内容に驚いたことを覚えている。
先日、この「臨死体験」の最新の内容が放送されたので、視聴した。

視聴後、あまりにも色々と考えすぎて眠れなくなった。
自分は死後、どうなるのか。肉体は消滅し、意識は消え、自分は元々存在しなかったかのようになってしまうのか。
それとも、魂が存在し、死後の世界へ行き、輪廻転生が行われるのか。

人は、未知のものに恐怖する。「死」は未知なる現象である。死んだものにしかわからない。それを垣間見ることが出来るのが「臨死体験」である。
臨死体験者はみな「幸福感に包まれた」という。そしてその後の人生観すら変えてしまう、非常に影響力の強い、強烈な体験であったという。そんな体験が、死の瞬間には待っているわけだ。
ということは、死の瞬間は恐怖することは無いと考えられる。
では死後は?
火葬され、遺骨だけになった私に、意識は存在するか?

番組内では「意識」についての最新の研究が紹介されていた。
意識とは、様々な感情や体験などが蜘蛛の巣のように繋がりあい、生じるものだと考えられているそうだ。意識を司る神経細胞が存在するのではなく、数え切れないほどの神経細胞が繋がり、統合された結果が「意識」である。
その理論では、人工的に意識を作り出すことが可能であるという。つまりコンピュータが意識を持つことは理論上あり得るのだ。
ということは、火葬され遺骨だけになった場合、意識は既に失われているということだ。
全くの無に帰するというわけだ。

しかし、と自分は考える。
もしかしたら、今の科学では検出出来ないような未知の物質が人間の体には備わっており、それこそが「魂」と呼ばれるものなのではないか。
死によって、脳内の活動から生み出されていた「意識」は消えるが、実は「魂」は存在し続けるのではないか。
そして、その存在を我々は体のどこかで感じている。それゆえに「幽霊」や「死後の世界」という概念が生まれたのではないか。世界中で国を問わず、そのような概念があるということは、やはり何かがあるのだと思う。
それゆえに人間は、他の動物が行うことのない「弔う」という行為をするのではないか。

何をどう考えても、現時点では何もわからない。
それは「死んでからのお楽しみ」であろうな、と楽観的な自分は考えている。
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Category: 映画、テレビ

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