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ゲーム音楽これを聴け!

わたしは いだいな ぶとうか。 うわさでは すでで くまを たおしたことになっておる。 しかし じつは てつのつめを つかって いたのだよ。 わっはっは。 ゲーム音楽とプログレ、ジャズロックが中心。ドールも始めました。うちのドールが勝手にツイッターで呟いたりしてますので、そちらもよろしく。

 

小倉久佳『俯瞰した事実と客観的な虚構 このふたつで僕は世界をつくる』感想 

このミニアルバムのそれぞれの楽曲タイトルが気になったので調べました。

1曲目のModel-Kっていうのはジョージ・スティビッツという、コンピュータの父とも呼ばれる人が完成させた、リレー式計算機のことなんですね。さすが小倉さん、勉強になります。
1930年代~40年代に計算機の開発の黎明期に作られた計算機だそうで、この時期に開発された計算機は、他にはPSソフト『オメガブースト』でも登場したENIACなどがあります。
しかもこのジョージ・スティビッツという人、私が最近力を入れているAmigaを使用してコンピュータアートを制作していたそうな!
おお…ここに繋がってくるとは。なんか運命的なものを感じてしまいます。
それと、副題のScientists' Delutionは、簡単に約すと科学者達の妄想、です。
しかし、この「Delusion」という単語をもう少し詳しく調べたところ、『アメリカを読む辞書』というブログに面白いことが書いてありましたので、以下に引用してみたいと思います。


一方、delusionは、15世紀に生まれた言葉で、語源はact of misleading someone(人を誤った方向へ導く行為)。その結果、その人は mental derangement(精神的な錯誤)に陥るという。つまり、その人の心の働きによりもたらされるものだから「迷い」「妄想」などと訳せる。


(以上、『アメリカを読む辞書』より抜粋)


ということは、Model-Kの副題「Scientist's Delusion」を語源から解釈すると
「科学者達による、人を誤った方向へ導く行為」
という解釈も出来そうですね。
単に「妄想」という解釈だと、わかったようなわからないような解釈になってしまうので、筆者としてはこれですっきりした感じです。

2曲目のNegative ReturnにはApolo 11という副題がついていて、これはもちろん人類史上初めて月面に到達した宇宙船ですね。

そして最後はSiLent ErRors -Un-True-。真実でない、という副題。う~むむむ…これは……。

カシマ的解釈の一つは、今回の小倉さんの作品は「引き返すことの出来ない、科学者たちの妄想の具現化」なのだろうか、と。
まず、一人の天才がModel-Kを生み出し、コンピュータが跳梁跋扈する時代が始まった。そしてその発展は留まる所を知らず、ついには人類は月まで行ってしまった。それがNegative Returnであった、と。
つまり天才たちの行為が、もはや引き返すことの出来ない時代まで進んでしまった、と。宇宙進出は人類の大いなる夢であったのだけれど、天才たちの活躍によってそれが現実のものとなった。いわばそれは科学者たちの「妄想」(ここで私が使っている「妄想」とは、巷でよく使う「空想」と同義の「妄想」ではなく、心理学的にいう病的な「妄想」である)が現実になってしまった、ということ。
そして最後のトラックはSiLent ErRors -Un-True-。それらは真実ではない、と。
科学の世界は数式で物事を表わしていて、それで説明がつくからそれらの数式が正しいと思われているわけだけど、それらは全部虚構かもしれない、と。
説明のつかない現象なんて宇宙にはたくさんあるし、そんな数式なんてものは科学者の妄想であって、真実ではないんだ、と。
もっと言うと真実なんてありはしないんだ、という、そういうことなんでしょうかねえ……。う~ん、今回のミニアルバム、聴けば聴くほど考えてしまいます。

タイトルの解釈も難しいですねえ…。
俯瞰した事実、というのは「全体的に見た事実」というそのまんまの意味なんでしょう。コンピュータの発展とか、人類が月に行った、とか、そういう事実。
客観的な虚構、というのがよくわかりません。これは多分、心理学方面を調べないとわからないだろうなと思い(ダライアス外伝やGダライアスを見れば、小倉さんが心理学に興味を持っていることがわかります)、調べたら「主観的虚構」というのはありました。小倉さんはこれを逆転させたんじゃないでしょうか。
主観的虚構というのは、自分で自分のフィクションに悩む状態のことだそうです。凄く簡単に言うと「思い込み」ですかね。
これを客観的虚構とすると、自分以外のフィクションに悩む状態、ということになります。つまり、他者の思い込み。
この二つによって世界を創る、ということなのでしょう。
つまり、「私」という視点から考えると、俯瞰した事実とは、自分の目で見た事実であるのでしょう。
客観的虚構とは、つまり科学者たちの数式の世界のことを表していて、数式としては目に見えるけれども、それによって表されたものは実際には私の目には見えない、ということなのではないでしょうか。
科学者たちは、目に見えないものを、辻褄が合うからといって数式と理論でもって証明している、というわけです。
それは疑わしいんじゃないか、もしかしたら大いなる虚構なんじゃないか、という問いを投げかけているのではないでしょうか。
しかし、このような虚構によって、事実は着々と作られていっています。
それがコンピュータであり、ロケットであるわけです。

あまり詳しくはないのですが、オカルトの世界でアカシックレコードというものがあります。これは、アカシックレコードという宇宙の誕生以来の全ての情報が記録されている記録層なのだそうですが、これに意識を繋げることによって、無限の知識を得ることが出来るらしいです。
これって、インターネットの世界にちょっと似てると思います。ただ、インターネットの場合は事実と虚構が入り乱れていますし、作っているのは人間ですが。
アカシックレコードのような妄想の産物でさえ、ちょっと違う形ですが現実となっているわけです。つまりフィクションがノンフィクションになっていってる。
それらは、天才たちが巻き起こした騒動(SILENT ERRORS)みたいなもので、我々みたいな一般人は翻弄されっぱなしです。そして、天才たちでさえも誰もが、それら妄想が具現化したものたちがどのようになっていくのか、わからない。だから人々は未来を空想するんじゃないか。
こんな風になっちゃマズいんじゃないの?とか、こうなったら良いよね?とか。色んなことを考える。

例えばインターネットでいうと、もしかすると地球が意識を持ちはじめるんじゃないか、という考えがあります。
NHKのなにかの番組で見ましたが、最新の研究では、人間の「意識」というものは脳の中のどこかに「意識」を司る器官があるんじゃなくて、様々な神経が繋がっていって、結果、全体を統括する「意識」が出来る、と。そしてそれは数式で表わすことが出来るらしいです。
これは私的な考えですが、これを陰陽五行説に応用すると、即ち青龍、朱雀、白虎、玄武という各神経(龍脈)が繋がり、そこに風水、つまり「意識」が立ち表れる、と。そういうことなのかな、と思います。
番組では、その理論でいくと、世界中をインターネットでつなげれば、それら全体を統括する地球の「意識」が表れる、ということを言ってましたね。

そこまで見て「うお、お、お…」と、何か心にこみ上げてくるものを感じました。それってもう完璧にタイトー作品じゃん!!超ズンタタらしい感じじゃん!と。
すぐに思い出したのは小倉さんの『ギャラクティックストーム』でした。
あれも凄い作品でしたね~。一人の男が宇宙をさまよい、やがて進化して一つの惑星になり、彼の記憶がその惑星の大地に広がっていたという…。もう感動で涙流しながら、あのアレンジ盤のブックレットを読みましたよ。

科学の世界って、数式ばっかりで音やメロディが無いですよね。それに絵も無い。コンピュータだって0と1しかないわけだし。そんな音やメロディの無い科学の世界を、綿密な思考によって音で画いてみせるというのは、まさに「音画」ですね。さすが小倉さん、一筋縄では行きません。

この「俯瞰した事実と~」はシリーズ化するらしいので、次も楽しみにしてます。
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Category: ゲーム音楽作曲家

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